AI に下書きを任せるほど、最後に誰が決めるのかを、先に決めておく必要が出てきます。当社は、AI に任せるかどうかを、作業の種類ではなく「誰が決めるか」で線を引いています。AI には材料を集めて並べるところまでを任せ、決める操作は人に残します。
2026 年 5 月、製造業の会社様向けに組んだ AI研修の資料で、この線引きを 1 つの章にしました。この記事では、その資料に書いた 4 つの区分と、経理・品質・安全・人事の例、AI への頼み方を書きます。営業の作業の分け方は、別の営業の作業を分ける表の記事にまとめました。
業務を 4 つの区分に分けます
資料では、AI が会社の中で常に動いている前提で、誰が何を決めるかを最初に線引きしておく、という考え方を書きました。区分は 4 つです。
| 区分 | 研修の資料に書いた例 |
|---|---|
| AI が提案する | 見積もりの概算、不良の傾向、金型の寿命、補助金の期限、いつもと違う数字の検知 |
| 人が最後に決める | 受注するかどうか、採用、投資、価格、お客様への最終の文面 |
| AI が記録する | 会議の議事、作業の実績、教育の履歴、品質の文書の改訂 |
| AI が触らない | お客様の図面を外へ送ること、単価を社外の AI に入れること、個人の評価の最終の決定 |
「AI が触らない」に入るのは、AI にさせると取り返しがつかない操作と、AI に渡すこと自体を避ける情報です。図面と単価を社外の AI に入れないことは、その会社様では絶対の決まりにしていただくよう、資料に書きました。
AI が苦手なのは、責任と品質と安全にかかわる判断です
4 つの区分を決めるときの手がかりとして、AI が苦手なことを場面と一緒に並べました。
| AI が苦手なこと | 会社で当てはまる場面 |
|---|---|
| 最終の責任 | お客様への金額の提示、納期の約束、契約を結ぶこと |
| 品質の保証 | 出荷してよいかの判定、良品か不良かの最終の判定 |
| 安全の判断 | 機械を動かしてよいか、金型を替えてよいか |
| 暗黙の知識 | 音や振動や色のわずかな変化に気づくこと |
| 現場の感覚 | お客様先での会話や、その場の空気を読むこと |
| 常識の判断 | 「これは普通やらない」という社会の通念 |
資料には、削除・送信・承認・支払い・契約の最後の操作は、どれも AI にさせない、とも書いています。AI に任せるのは下書きまでで、押すのは人です。
経理では、仕訳と科目は候補まで、確定は経理の担当と税理士です
経理は、線の位置がいちばんはっきりしている分野です。資料では次のように分けました。
AI が出す(候補)
- 仕訳の候補
- 勘定科目の候補
- 税区分の候補
- 過去の似た仕訳
人が決める(確定)
- 仕訳の確定
- 補助金の経費の区分
- 償却資産かどうかの判定
- 税の処理
AI が触らない
- 申告書の作成
- 申告の期限の最終の確認
補助金の経費の区分は、とくに AI に判定させない、と書きました。区分を間違えると、補助金の不正な受給とみなされるおそれがあるからです。補助金の対象になるかどうかは、税理士や補助金の窓口に確かめる流れを保ちます。
税理士に頼んでいる会社なら、この線を税理士とも共有しておきます。資料では、AI が出した候補を「AI がこう言っていますが、最終判断をお願いします」と添えて税理士に渡す形を勧めました。
頼み方の最初に「候補を出す役」と書きます
線を引いても、AI への頼み方があいまいだと、AI は「確定しました」「自動で承認しました」のような書き方で返してくることがあります。そう書かれていると、人が確かめる前に、決まったこととして扱われかねません。資料には、経理の指示文の書き出しを次のように載せました(会社の細かい設定は外しています)。
あなたは当社の経理の補助です。
月次の経費の一覧を読み込み、経費の分類の候補と、いつもと違う金額の行を出してください。
最終の確定は経理の担当が行います。あなたは候補を出すだけの役です。
【出してほしいもの】
1. 各行の勘定科目の候補(3 つまで)
2. 今の科目と、あなたの候補が違う行の一覧
3. 過去 12 か月の同じ取引先と比べて、金額が大きく違う行
【書かないこと】
- 「自動承認」「確定」のような、決めたように読める言葉
- 税の判断
- 補助金の経費の区分の決定
毎回の頼み方の最初に役を書いておくと、結果の文も「候補」として返ってきやすくなります。何度も使う頼み方は、社内の見本として残しておきます(指示文の見本集の記事)。
判断を人に戻す道を、仕組みに入れておきます
AI に答えさせる仕組みには、人に戻す道を付けます。資料では、現場のタブレットで AI に作業の質問をしたとき、答えに自信が無ければ「ベテランを呼ぶ」ボタンが出る形を書きました。不良かどうか、安全かどうかのように、判断が要る質問を AI だけで閉じないためです。こうした人への引き継ぎを、エスカレーションと呼びます。
AI に送信や支払いの操作を持たせないことは、別の危険への備えにもなります。メールや文書の中に、AI だけが読む命令を紛れ込ませて、AI に勝手な操作をさせようとする攻撃があるからです(プロンプトインジェクション)。AI にできる操作が下書きまでなら、だまされても外には出ていきません。
当社自身も、送信・削除・本番への反映・金額にかかわる操作は、人が承認してから行う決まりを、AI に守らせています。決まりの書き方は社内の AI の決まりを A4 1 枚にする記事に書きました。
線を引いたら、社内の決まりに 1 行で書きます
最後に、資料では「AI 出力は必ず人間が確認してから押下」と、社内の決まりに 1 行で書いていただくことを勧めました。
- 今の業務を、4 つの区分の表に書き出したか
- 「人が最後に決める」業務ごとに、決める人の名前か役職を書いたか
- 「AI が触らない」情報(図面・単価・個人の評価など)を、社員が分かる言葉で書いたか
- AI への頼み方の最初に、AI の役(候補を出す役など)を書く決まりにしたか
- AI が答えられないときに、誰に戻すかを決めたか
- 社内の決まりに「人が確かめてから押す」を 1 行で書いたか
線は、一度引いたら終わりではありません。AI に任せた下書きの質が分かってくれば、「AI が提案する」に入れる業務は増やせます。ただ、「人が最後に決める」に入れた業務は、AI の性能が上がっても、決める人の名前とともに残します。人の確かめを挟む仕組みの考え方は、用語集のHuman-in-the-Loopにまとめました。毎月の作業として任せる範囲を広げていく場合は、AI伴走支援で進めます。AI の基礎とセキュリティの基礎は、AI基礎研修でお話ししています。



