社内の資料を AI に読ませる前に、当社はまず、その作業に要らない列や段落を削ります。残す名前や番号は「顧客A」のような記号に置き換え、どの記号が誰かの対応表は AI に渡さずに手元に残します。AI の結果に出てきた記号は、人が元の名前に戻してから使います。こうした伏せ方を、マスキング(伏せ字)と呼びます。
2026 年 5 月、プレス加工の会社様向けの研修で配る見本のデータを作ったときは、名前の付け方でつまずきました。配る前の点検で、架空のつもりで付けた会社名の 1 つが、当社の実在のお客様の社名と同じだと分かったのです。配る前に差し替えました。
伏せる前に、その資料に誰の情報が入っているかを分けます
同じ資料でも、入っている情報の持ち主によって扱いが変わります。
| 情報の持ち主 | 例 | 扱い |
|---|---|---|
| 自社 | 社内の手順書、議事録、自社の数字 | 会社が契約した AI で使う範囲を、社内の決まりで決める |
| お客様(個人) | 氏名、連絡先、相談の中身 | 作業に要るかを確かめ、要らなければ削る |
| 取引先から預かったもの | 図面、型番、公差、単価 | 預かったときの約束の範囲かを確かめる。分からなければ入れない |
| 鍵 | パスワード、サービスにつなぐための鍵 | どの AI にも渡さない |
個人情報保護委員会は、2023 年 6 月の注意喚起で、個人情報を含む指示を AI に入力するときは、その個人情報を預かった目的の達成に必要な範囲かを十分に確かめるよう求めています。伏せる作業は、この確認を済ませたうえで、要らない部分を AI に渡さないための手順です。
この研修の資料に入れた AI の使い方の決まりの案でも、取引先の図面や型番・公差、見積もりの単価・原価を、社外の AI に貼り付けないことを最初の 2 項目に置きました。どの段にどの情報を置くかの考え方は、社内の AI の使い方の決まりを A4 1 枚にまとめる記事に書いています。
伏せる手順
- 目的を書くAI に何をさせるかを 1 行で書く
- 削る目的に要らない列・段落・添付を消す
- 置き換える残す名前と番号を記号にする。同じ相手は同じ記号にする
- 対応表を残すどの記号が誰かの表は、AI に渡さず手元に置く
- 戻して確かめるAI の結果の記号を人が元の名前に戻し、中身を確かめる
ほかの手順の土台になるのは、最初の「目的を書く」です。目的が決まると、要らない部分が見えます。たとえば、顧客名・担当者名・品名・単価・数量の 5 列がある見積もりの表で、月ごとの数量の傾向を見たいだけなら、担当者名と単価の列は削れます。顧客名は「顧客A」、品名は「品目01」のように置き換えます。
同じ相手には、資料の中でずっと同じ記号を使います。途中で記号が変わると、AI は別の相手だと受け取って数え間違えます。
試すだけなら、本物のデータを使わずに架空のデータを作ります
AI で何ができるかを試す段階では、本物のデータは要りません。表の形だけをまねた架空のデータ(ダミーデータ)で足ります。5 月の研修では、実演のために次の架空のデータを作りました。
- 見積もりの履歴
- 40件
- 不良の発生の履歴
- 37件
- 顧客の台帳
- 15件
- 品質の文書の一覧
- 31件
出所: 当社の研修の配布資料。どれも架空の値
列の並びは、実際の業務の表にそろえました。材質・板厚・数量・単価・工程・状態のような列です。値は架空なので、研修の場で「この表から、材質 SPCC・板厚 1.2 mm の案件を全部出して。単価の平均と最高・最低も教えて」のような指示を、そのまま試せます。
架空のデータの説明書には、「実在する企業・人名・案件とは一切関係ありません。研修後の業務活用・外部共有は行わないでください」と書きました。配布資料全体の案内には、本物のデータに差し替えるときの注意を並べています。取引先の図面・単価・契約の情報を社外の AI に直接入れないこと。サービスにつなぐための鍵は設定ファイルで管理し、共有の場所に置かないこと。AI の出力は人が確かめ、品質・安全・金額の最終の判断は人がすることです。
架空のつもりの会社名が、実在するお客様の社名と重なっていました
研修の資料は、配る前に、配ってはいけない情報が混じっていないかを点検しました。対象は、研修の本編 21 ファイル、架空のデータ 5 ファイル、お客様の手元で使う設定のひな形 47 ファイルの、合わせて 73 ファイルです。
点検で 1 件だけ、確かめが要るものが見つかりました。架空のデータの顧客の台帳に入れた会社名の 1 つが、当社の実在のお客様の社名と、たまたま同じだったのです。架空のデータとしては筋が通っていても、受け取った人には、当社のお客様の情報が混じったように見えてしまいます。配る前に、別の名前に差し替えました。
それらしい社名や人名を作ると、実在の名前と重なることがあります。架空の名前は「顧客A」「C-001」のような記号にするか、それらしい名前を使うなら、社内の顧客の一覧と照らしてから使います。
伏せても、相手が分かってしまうものがあります
名前を記号にしても、ほかの情報から相手が分かることがあります。渡す前に、次の点を見直します。
- 業種・地域・規模・時期の組み合わせ
- メールの本文や署名に書かれた名前と電話番号
- ファイル名やフォルダ名に入った社名
- 図面や写真の中の文字(画像の中の社名やロゴ)
- 特定できる金額と日付の組み合わせ
- 置き換えの対応表を、同じ会話にうっかり貼ること
画像の中の文字は、表の文字よりも見落としやすいところです。図面の欄外の社名や、写真に写った看板などです。
伏せる作業は、AI を使うたびに人の手間がかかります。毎回同じ種類の資料を AI に渡すなら、伏せ方を手順として書き残し、社員の誰がやっても同じになるようにします。当社の AI伴走支援 でも、お客様が取引先から預かった資料は、お客様が許可を得ている範囲でだけ扱い、判断に迷うものは AI に入力しません。



